第8章 断続平衡説をめぐる風景
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種は変化しない?
イギリスの地質学者であるジョン・フィリップス(1800~1874)は、地層が3つの時代に分けられることを発見した 3つの時代の境界ははっきりと分かれており、それぞれの時代ごとに特有の化石が産出することに気がついた
ダーウィンの『種の起源』が出版されると、フィリップスは、ダーウィンが主張する漸進的な進化を、化石によって検証できると主張した
フィリップスは膨大な化石を収集していたので、化石記録はダーウィンが言うほど不完全ではないと考えていたのだ
したがって、化石によって進化を検証することは、十分に可能だという意見
検証の結果、フィリップスは漸進的な進化を否定した
フィリップスは化石種に、変化の証拠を見つけられなかった
化石というものは普段は変化しないかわりに、変化するときは突然に大きく変化するというのが結論
カンブリア紀にいきなり複雑な動物が出現したことをその例に挙げた 化石種が漸進的な進化を示さないことに気づいた古生物学者は、すでにダーウィンの時代に何人もいた
そのため、種は不変であると考えて、自然選択を否定した古生物学者もいた
漸進説と自然選択説は両立しなくてもよい
ダーウィンの時代には漸進説を否定することが自然選択説を否定することになると思われていた
しかし考えてみればこれは不思議なこと
自然選択の3つの条件
遺伝的変異がある
過剰繁殖をする
遺伝的変異によって子の数に差がある
つまり遺伝的変異は必要だが、別に遺伝的変異が小さい必要はない
おそらくフィリップスにしてもハクスリーにしても、自然選択にいくつかのタイプがあることを考えなかったのだろう
ダーウィンの考えにばかり注目していたので、方向性選択しか頭になかったのだ
もしも生物に安定化選択が働かず、方向性選択だけがずっと働いているとしたら、化石を見ても進化が漸進的に進んでいくことが確認できるはずなのだ
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安定化選択と方向性選択両方とも働いているとしたら
逆適応地形図で考えれば、谷底の中に落ちている時
普通に考えれば谷底に落ちたらなかなか外には出られない
方向性選択が働いている時間よりも安定化選択が働いている時間のほうが長くなる
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現在と10万年前の表現型はほとんど変わらない
ずっと方向性選択だけが働いているのなら、進化は漸進的になる
しかし、方向性選択と安定化選択が両方とも働いているのなら、進化は断続的になる
断続平衡説と安定化選択
その後、多くの批判が浴びせられ、グールドはそれらの批判に反論しながら、断続平衡説を修正していった
そのため色々なバージョンが有る
本書では「進化においては、形態がほとんど変化しない時期と急速に変化する時期が繰り返す、断続的なパターンが一般的である」というグールドの後期の主張を断続平衡説と考える
たとえば、エルドリッジは、表現型が変化しない時期には、安定化選択が働いていると考えていた
もしも環境が変化しなければ表現型も変化しない
さらにエルドリッジは、少しなら環境が変わっても、安定化選択は働き続けると主張した
北半球にある場所が少し寒くなっても、少し南に移動すれば同じような環境に住み続けられるだろう
したがって、生物に働く自然選択のほとんどは安定化選択だという
種が変わらないとき
アメリカの古生物学者であり、断続平衡説の旗頭の一人でもあるスティーブン・M・スタンレー(1941~)は、表現型が変化しない時期があるということは、生物が環境に完全には適応していないことを示していると考えた エルドリッジの主張に反するようだが、必ずしもそうではない
エルドリッジは自然選択の側面から表現型の安定性を説明した
一方、スタンレーは遺伝子交流の側面から表現型の安定性を説明しようとした
南フランスの海岸で蚊を退治するためにフランス政府が殺虫剤を撒いた
しばらくすると蚊にエスター1という遺伝子が進化して、殺虫剤が効かなくなった エスター1は殺虫剤に対する抵抗性を与える代わりに、蚊の生理機能を弱くしてしまうため、クモなどに捕まりやすくなってしまう
内陸部の蚊にとってはエスター1は有害な遺伝子だが、内陸部の蚊の間にもエスター1は増えていき、最終的には約20%に達した
内陸部の蚊に有害な遺伝子が広まったのは遺伝子交流のため
遺伝子交流には集団の遺伝的構造を均質化する働きがある
個体数が多くて分布が広い種なら、その分布の中には、色々な環境が含まれているだろう
自然選択は異なる環境にいる生物を異なる性質にする働きがある
しかし、遺伝子交流は、異なる環境にいる生物を同じ性質にする働きがある
この相反する2つの作用のために、生物はだいたい環境に適応しているが、局所的な個々の環境にぴったりと適応しているわけではない
種が急速に変わるとき
新しい対立遺伝子が出現したときの遺伝子頻度はほぼ0%だが、それが100%になると固定された 新しい対立遺伝子の固定を繰り返して、生物は進化していく
種を急速に変化させる方法
遺伝子が出現してから固定されるまでの時間を短くすること
遺伝的浮動が強く作用する場合、対立遺伝子が消えてしまうかもしれないが、すぐに100%に固定されるかもしれない
多くの突然変異は有害なので、安定化選択によって除かれてしまう
しかし遺伝的浮動が強く作用していれば少しくらい有害な突然変異でも固定されることがある
固定されてしまえば、新たな突然変異でも起きない限り除去できない
したがって、大きな集団の一部が何らかの理由で隔離されて、小集団になったときなどは、進化が急速に進むことが予想される
1回の固定で生物の形態を大きく変化させること
形態を大きく変化させる遺伝子としては、調節遺伝子が候補の一つに挙げられる
遺伝子は大きくは分けて2種類ある
体の中で実際に働くタンパク質などを作る遺伝子
典型的な調節遺伝子からは、調節タンパク質が作られる
調節タンパク質は再びDNAに結合して、他の遺伝子の発現を調節する
アンテナペディアは通常、キイロショウジョウバエの胸部で発現しているので、肢は胸部に生えている
しかし、人為的にアンテナペディアを頭部で発現させると、頭部に生えていた触覚が、肢に変化してしまうことが知られている
このような調節遺伝子に突然変異が起きて、新しい対立遺伝子が出現し、その新しい対立遺伝子が固定されることもあり得るだろう
そうすればたった1回の突然変異が固定されただけで、形態に大きな変化が起きる可能性がある
ヒヨクガイの断続平衡的な進化
二型というのは同種の生物が2つのタイプに分けられる現象で、ヒヨクガイの場合は貝殻の表面の形に2つのタイプがあった
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ここでは角型と丸形と呼ぶ
中間型はまったくない
二型の間で交配が起きていることを示していたので、これは別種ではなく同種内の二型という結論になった
ヒヨクガイは化石としてもよく産出するが、昔は角型のヒヨクガイしかいなかった
角型は遅くとも400万年前には現れていて、その貝殻の形は現在とほとんど変わらない
約50年前に丸形が突然出現する
現在の日本沿岸では角型と丸形は約7:3
ヒヨクガイの貝殻の形自体は何百万年も変化しなかった
しかし角型と丸形のあいだの形の違いは、別種かと思うほど大きい
グールドはこのヒヨクガイの進化に対して「断続平衡説のモデルとは異なるが、断続的な進化観とは一致している」といった曖昧なコメントをしている
ヒヨクガイにおいても「形態がほとんど変化しない時期」「形態が急速に変化した時期」があった
少なくともグールドが後期に主張した断続平衡説の内容は、実際に生物進化において広くみられる現象だといってよいだろう